大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和39年(オ)1113号 判決

上告人

東播商事株式会社

右代表者

藤原昭

右訴訟代理人

松井弘行

被上告人

金田久子

右訴訟代理人

吉田寛二

被上告人

村井文明

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人松井弘行の上告理由について。

民法七一五条にいわゆる「事業ノ執行ニ付キ」とは、被用者の職務執行行為そのものには属しないが、その行為の外形から観察して、あたかも被用者の職務の範囲内の行為に属するものとみられる場合をも包含するものと解すべきであり、このことは、すでに当裁判所の判例とするところである(昭和三二年七月一六日第三小法廷判決、民集一一巻七号一二五四頁、昭和三六年六月九日第二小法廷判決、民集一五巻六号一五四六頁)。これを被用者が取引行為のかたちでする加害行為についていえば、使用者の事業の施設、機構および事業運営の実情と被用者の当該行為の内容、手段等とを相関的に斟酌し、当該行為が、(い)被用者の分掌する職務と相当の関連性を有し、かつ、(ろ)被用者が使用者の名で権限外にこれを行うことが客観的に容易である状応に置かれているとみられる場合のごときも、被害者の保護を目的とする民法七一五条の法意ならびに前示判例の趣旨にかんがみ、外形上の職務行為に該当するものと解するのが相当である。けだし、(い)にいう本来の職務との間に相当の関連性を有することは、当該行為が被用者の職務の範囲内に属するものと思料される契機となりうることは疑いがなく、しかも、被用者の権限外の行為に対し使用者の支配がおよびうるにかかわらず、(ろ)のごとくこれを容易に行いうる客観的状態が事業の施設機構等に存するときは、被用者の行為がその職務の範囲内に属するものとの外観をもたらすのが通常の事態であると認められるからである。

原判決によれば、訴外服部正憲は、上告会社の会計係に在つて、昭和三一年末頃から、手形割引等についての銀行との交渉や、会計係のうちの手形係として、上告会社の手形振出に関し、手形用紙に満期と振出人欄を除いた手形要件を記入し、会社代表者において満期を決定し、振出人欄に会社および代表者の各記名印および印章を押捺した後、満期を記入して支払先等に交付する等判示の職務を担当し、昭和三二年五月、右手形係を免ぜられたものの依然会計係員として各種帳簿の記入や予め会社代表者が銀行と折衝して割引を決定した手形を銀行に使送する等の職務に従事していたところ、訴外中島栄の依頼を受け、同人の父伊三郎の金融を図るため、昭和三二年二月頃から昭和三三年一月初頃までの間、中島栄から市販の約束手形用紙の交付を受け、執務時間中に会社代表者が机を離れているすきを見計つて机の印箱の中から会社および代表者の各記名印および印章を取り出して、勝手に押捺し、合計約六、七〇枚の上告会社振出名義の約束手形を偽造したものであり、被上告人金田久子の所持する本件約束手形は、その振出日である昭和三二年一二月二五日頃、被上告人村井文明の所持する本件約束手形は、その振出日である同年同月一一日頃それぞれ作成されたというのである。

ところで、服部がした一連の手形偽造行為のうち同人が手形係として前示手形作成準備事務を担当していた時期にかかる分は、明らかに、外形上同人の職務の範囲内に属するとみられるが、かかる外観は、同人が手形係を免ぜられたからといつて、一挙に失われるものと速断すべきではない。むしろ、原審の確定した事実によれば、(一)服部は、本件約束手形を偽造した当時、すでに手形係を免ぜられていたものの、同じ会計係員として、割引手形を銀行に使送する職務を現実に担当していたのであつて、会計係として手形を取り扱う点において、手形の作成は同人の右職務と相当の関連性があつた事と、(二)上告会社事務所の構造、机の配置上、同人が手形作成事務から無関係となつたことにつき、単に事務分配の変更命令があつた以外に、客観的条件の随伴が甚だ不完全であり、かえつて、執務時間中における印章等の保管方法が厳重でなかつた事情も加わつて、服部が右印章等を冒用して勝手に会社振出名義の手形を作成するのが容易な状況にあつたこと、(三)服部が手形作成準備事務を担当していた当時から始められた一連の偽造行為を遮断してその継続を不能ならしめるのに実効のある的確な処置はとられていなかつたことが明らかであり、叙上の事実関係に徴すれば、服部の本件手形偽造行為は前段説示の意味において外形上同人の職務の範囲内に属するとみられるのであるから、民法七一五条にいう「事業ノ執行ニ付キ」なされたものと解するのが相当である。したがつて、結局これと同趣旨に出た原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。所論は採用できない(所論引用の判例は、本件と事案を異にし、本件に適切でない)。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(横田正俊 五鬼上堅磐 柏原語六 田中二郎 下村三郎)

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